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September 28, 2007

「ドラクル – GOD FEARING DRACUL」

22日ソワレ シアターコクーン・オンレパートリー2007「ドラクル – GOD FEARING DRACUL」シアターコクーン
長塚さんコクーンでの初作・演出。海老蔵さんとりえちゃんは玉さんの「海神別荘」繋がりでなるほど、の顔合わせだけど、この二人に長塚さんって思いつかない組合せ。しかも題材がドラキュラ...どんなコラボレーションになるのかさっぱり予測がつかないですわ。

神を信じる女性・リリス(宮沢りえさん)に尽くされるうち次第に彼女を愛し、故に神に祈りを捧げるようになった吸血鬼・レイ(海老蔵さん)。リリスが病がちになると献身的に家事や看病に明け暮れる毎日。そこに吸血鬼仲間(山本亨さん、明星真由美さん)が彼を正気(?)に戻そうと訪れたり、彼女の元夫の地方領主・アダム(勝村政信さん)が民を救うために彼女を連れ戻しに来たり。

様々な障害に阻まれながらも貫く純愛、ってことで括っちゃっていいんでしょうかね。
70年代はじめ頃の少女マンガにありふれていた物語を舞台にしちゃったような、どこが長塚作品?と疑いたくなるよな展開。
と言っても、二人の出会いのシーンからは、自らの贖罪の意味も含め迷える魂を救済したがったリリスが神に背くドラキュラを見出したようにしか見えず、互いに愛情を抱いたきっかけなんかは判らなくって、だからレイとの絆がそれほど強いことが納得できないのでした。愛情よりも互いに互いを許すことで自身も救われている、ある種相互依存のような関係にみえます。
それよりもアダムが未練がましくリリスを想っている葛藤や、後妻になったけれど愛されている自信が無いエヴァ(永作博美さん)が憎んでいたリリスに対して次第に心を許していく様子の方がはっきりしていて説得力ありでした。それじゃ少女マンガってより主婦マンガ的展開(^^;

ジャンヌ・ダルクとジル・ド・レ候のエピソードをもとにしているとのこと。神の存在(と救済)は長塚さんの作品に多くみられるテーマだけれど、今回それが前面に出ているためか、かえって消化不良気味。ラストのリリスの一言は、だったらあとちょっとだけ展開をみせてと思ったのだけど、そこで終わっちゃったので真意を図りかねてます。客電点けるのがもうちょっと遅ければそれだけでいいようにも思うのだけど。ラストのリリスの一言は、だったらあとちょっとだけ展開をみせてと思ったのだけど、そこで終わっちゃったので真意を図りかねてます。客電点けるのがもうちょっと遅ければそれだけでいいようにも思うのだけど。

亨さん明星さんともに「え!こんだけ??」であまりにも勿体無い。脇が固いのはいいことだけど、でもあれだけだったらもっと若手でもよかったんじゃないの?というのが正直な気持ち。渡辺哲さん、手塚とおるさん、山崎一さんはちょこっとずつながらも要所をきっちり押さえて、この方達だからこそ際立つキャラ。海老蔵くんは無垢さの表現として妙に子供っぽい喋り方をする悪い癖が出てるし台詞が間延びし過ぎでお間抜けな奴にしか見ません。もっとカッコいいキャラのはずだと思うんだけどな。りえちゃん、文句なしにキレイでした(^^)

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