ハナオフ「相対的浮世絵」
12日ソワレ ハナオフ「相対的浮世絵」新宿シアターブラッツ
劇団花組芝居の本公演ではなく、その頃にオフな人達で何かやってみない?っていうのが企画の発端。第3回となる本作には劇団員だけではなく外部(と言っても半分身内のような)女優さんお二方を招いての上演。
女優さんがいるのに何故MONOの中でも男芝居だったこの作品を選んだのか?演出家のインタビューコメントによれば「『お兄ちゃん、もう私に会えなくなっちゃうんだよ』って妹に言われて佇む高荷(岬)が見たかった(笑)」からだとか。劇団内での企画だからの思いつき。しかも標準語にかえての上演。許可した土田さん太っ腹だわ。
それだけ手を入れてあるのなら日程の都合でMONO版を観られなかったのが良かった気がする。MONOの作品独特の空気感に触れていたら、それを引き摺らずにはいられないもの。
舞台中央に石のベンチか大きな墓石のようなもの。それを囲むように下手奥から手前にU字状に伸びて上手へ続く道。道の外に和紙の照明がいくつか置かれ、うねった道が流水みたいにも思えて灯篭流しのよう。彼岸と此岸を分ける三途の川の浮島で語らう4人なのか。
岬智朗(高荷さん)が20年前に高校の部室で煙草を吸っていたのが出火原因の火災で亡くなった友人・遠藤(桂さん)と妹・亜希(山藤貴子さん)の幽霊のようなもの?に呼び出されて墓地で毎晩会っている。同じく友人の関(北沢さん)も呼び出されていて、そこに死んだ二人のお目付け役のような野村(井上啓子さん)もやって来て思い出話など楽しい話をして過ごす。
実は生きている二人の日常は破綻していて、遠藤と亜希がなんとかさせようと...
近頃似たような題材の芝居や映画があるけれど、たいていが死者が生きてる人を励まして自分も成仏するパターン。これも全く同系列なんだけど、オチがいかにもMONOらしく(っていうか『クレージーキャッツの映画じゃん』とか思ったけど)ダメ男は救われたようでいてやっぱり将来的にダメなまま終わり。そこのところは水下演出ではあいまいにしちゃってキレイな感じで終わらせてるけど、もっとダメダメな終わり方のが土田作品っぽいと思う。まぁでも弟を妹にしてる時点で潤色になってる訳だから、MONO版とはまるで別作品と考えるべきなのでしょうから、そういった点で、水下さんの捕らえ方が反映してるエンディング。
死んでしまった二人は時を止めずに生きてる二人と同じような歳の取り方をしていて「もしかしたら別の世界で生きてたんじゃ...」なんてルールを作ってるくせに、全員に高校の制服を着せる(戯曲通り)ってのはコスプレ趣味?(笑)
個人的には開襟シャツの胸ポケットに校章や学年バッヂが付いてないのが不満。あれがないと、高荷さんただ白いシャツ着た中年おじさんにしか見えないんだもん(^^;
あ、桂さんは学生に見えた、なんとか(爆)
存在感として好きだったのは高荷さん。どうしてあんなに自然体でいられるんだろう?
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Comments
>弟を妹にしてる時点
これによって、「女」に対してだけでなく、「女」が絡んだときの男のずるさみたいなのが、表にでないんだよね。
妹にしたことは、それにたいする演出家の意図もあるのか、語られた理由だけなのかわかりませんが。
(終わったあと、MONO版をみた方にきいたらマサミさんは遠山の彼女というエピソードもあったよう…)
Posted by: むつき | November 13, 2006 at 23:19
男だけで昔語りをするのと、たとえ妹でも女がそこにいて『ちぇ、私だけ話についていけない』なんて言われながらの会話は全くニュアンスも話題も変わっちゃうじゃない。それを無視してまで女優でやる意義を感じられなかったのはザンネンだよね。
個人的には連呼されてちとドキっとした(爆)
Posted by: J | November 15, 2006 at 01:00